【過去回想】チャートの奴隷だった私へ。100円の暴落で「人生が終わる」と本気で信じていた頃

1. 1日10回のチェックが、心を削っていく

あの頃は、スマホを開けば無意識に証券アプリをタップしていました。 仕事中も、トイレの中でも、信号待ちの間でも。

  • 上がれば: 「よし、もっと上がるはずだ」と興奮して仕事に身が入らない。
  • 下がれば: 「どうしよう、このままゼロになるかも」と血の気が引き、会議の内容が一切頭に入らない。

100円。今思えば、コンビニのコーヒー一杯分にも満たないその変動が、当時の私にとっては**「家族の未来を脅かす大事件」**に見えていたんですよね。

2. 「上の空」という代償

一番辛かったのは、仕事でも生活でもなく、**「目の前の大切な時間」**をチャートに盗まれていたことではないでしょうか。

妻と話していても、頭の片隅には常に「さっきの下げ止まったかな?」という雑念がある。 せっかくの食事が、数字の上下で味がしなくなる。 まさに「体はそこにあるのに、心はチャートの中にいる」という幽霊のような状態です。

3. なぜ、あの時「解約」してしまったのか

結局、耐えきれずに解約(損切り)してしまったのは、お金を失うのが怖かったからというより、**「この精神状態から一刻も早く解放されたかったから」**ですよね。

「売ってしまえば、もうチャートを見なくて済む。楽になれる」 あの時の全決済ボタンは、投資の判断ではなく、ただの**「現実逃避のスイッチ」**だった。その悔しさがあるからこそ、今の「ガチホ(長期保有)」の決意があるのだと思います。


今の「ゴリラパパ」から過去の自分へ

もし、今のゴリラパパさんがあの時の自分に声をかけるとしたら、きっとこう言うはずです。

「100円にビビるな。その100円は、20年後の大きな山を作るための、ただの砂一粒だ。スマホを置いて、筋トレして、息子と笑ってこい!」

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